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赤い靴 

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山下公園 MAP
横浜の山下公園には、野口雨情の作詞で知られる童謡「赤い靴」の像があります。この女の子の名前は‘きみちゃん’といって、明治時代の開拓期に実在した女の子です。

私生児として生まれたきみちゃんには世間の風当たりは厳しく、お母さんはきみちゃんを連れて、逃げるようにして生まれ故郷の静岡から函館に辿り着きました。お母さんは函館から、留寿都村という農場にユートピアを目指して入植する事になるのですが、明治時代の北海道開拓は、自然と人間の命がけの戦いで、幼い子供を連れて行くことなど考えられませんでした。お母さんは苦悩の末、子供に恵まれないアメリカ人宣教師の養女として、きみちゃんを函館に残し、母娘はそれぞれ違う人生で生きる道を選択したのです。

「赤い靴」が生まれた背景は、放浪詩人として名を知られていた野口雨情がお母さんと同じ開拓地にいたことから、きみちゃんへの想いを雨情に打ち明けたところ、我が子を手放してしまった後悔、そして新たな両親の元で、幸せになってほしいという願いが交錯した母の愛情が雨情の心を打ち、彼はその感動を詩に綴ったという訳です。

一方、きみちゃんは渡米を前にした6歳の時に、結核に感染し衰弱が激しく、長い船旅には耐えられないということから、孤児院に預けられ、3年間の闘病生活の末、9歳というあまりに短い生涯を終えたのでした。とても悲しいお話ですが、お母さんがきみちゃんの幸せを信じて、亡くなったであろうことが救いというほかはありません。

わたしは少し前にこの話を知ってから、山下公園できみちゃんの姿をじっくり撮ってみたいとずっと思っていました。今日は、客船を撮る目的もあったのですが、「少し遅れたけど会いに来たよ」…と少し申し訳ない気分で対話してきたのでした。
[ 2005/10/20 02:37 ] 横浜 | TB(0) | CM(2)

知りませんでした。そんな話があったんですね。教えていただき、有り難うございます。

特に最後の写真、母のいる北海道を悲しげに見つめているようにも見えてしまいます。

# 実際はたぶん北は向いていない(?)。
[ 2005/10/20 21:21 ] [ 編集 ]

>みりおじさま
最後の写真、右が東で、左が西だから、海方向は北東~北西の間だと思われます。
混乱する話ですが、横浜で海に面と向かうと右が東なのに、湘南に行って海を眺めると、右が西なんです。未だにこの辺の位置関係が全然理解できて無いです。(あぁ、自爆…)
[ 2005/10/20 22:11 ] [ 編集 ]

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